お疲れ様でした

おれがまだ幼稚園にも行っていないころ、ゴミの収集は馬車だった。
豆腐屋はリアカーをひいてラッパを吹きながら回っていた。
家の回りにはどぶ川が流れていた。
あの川はいったいどこから流れていたのだろう。

円山公園の東側の入口からは市電も出ていた。
母とその市電に乗り逓信病院(現NTT病院)に行った記憶がある。

おれは小さいころよく発熱し、そしてよくヒキツケを起こしていたそうだ。
あまりに頻繁にヒキツケを起こすものだから、脳波を何回も調べられたものだ。

病院では必ずと言っていいほど注射だ。
それも腕ではなくお尻に。
大きくなるにつれお尻の注射が腕にする回数が増え、そのうちお尻にすることは無くなった。
お尻の注射、とにかく痛かった。
今もし、お尻に注射したとしてもあのころのように猛烈な痛みを感じるのだろうか。

お尻注射と同じくらい嫌だったのが目薬。
現在の様な透明な液体ではなく、黄色いドロッとした目薬。
ドロッとした液体が目に入ること自体がとにかく嫌だった。
油を目に入れるときっとあんな感じになるのだろう。
おれがあまりに嫌がるものだから、母がおれに馬乗りになって目薬をさしていた。

小さいころあんなに発熱していたおれだが、ここ数年発熱無し。
最後の発熱は3年か4年前のインフルA型だ。
発熱した時、運悪くすすきのでビートルズバンド集合のライブだったけど、ただの風邪だとウソをついて参加した。

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