職場の話し

職場の朝ミーティングの出来事だ。
おれの席より離れているPCのディスクトップに矢沢永吉の壁紙が見えた。
普段会話しない違うグループの席だが、立ミーティングなものだから偶然それが見えたのだ。
おれより少し年上の男性社員のPCだった。

その日たまたまコピー機の前でその男性と会う。
今まで一度も話したことはなかったが「矢沢好きなんですか?壁紙に見えたから・・。」声をかけてみた。
「えつ!!」
男性はよほど嬉しかったのだと思う。
目を輝かしていろいろ語ってくれた。
職場で仕事以外趣味の話が出来る人がいると良いものだ。

そしておれの隣の席のお姉様は大のチューリップ好きだ。
おれもアップサイドダウン辺りまでは聴いていたので「この仕事は無限にあるんだよね・・。」のような言葉に「そうです!無限軌道なのです!たえちゃんです!」と応えると大いに受けてくれる。
何も捨てるものの無いおれは、職場でこんなことも楽しんでいる。

楽をするな

小学校4年からの担任。
音楽狂いでいろんな音楽大会におれら生徒を引っ張り回していた担任だ。
先生の口ぐせは「楽をするな!」
当時はあまりピンとこなかったが、今となっては十分過ぎるほど理解できる。
苦労は買ってでもしろ。という言葉もよく分かる。
ただそれだけの事だ。

虫の居所

またしても中学の頃の話だ。

ワダくんと廊下ですれ違う時おれはニコリと彼に微笑んだ。
「何笑ってるんだ!」
おれはいきなり胸ぐらを捕まれ廊下の壁に押し付けられた。
「えっ?・・ワダどうしたんだ?・・」
おれは言葉が出なかった。
ワダくんとは1年の時、一緒に遊んだ仲だったはずだ。

その場面を偶然目撃した技術科の先生。
おれとワダくんはさっそくその日の放課後呼び出された。
ワダくん「さっきはたまたま機嫌が悪かったんだ。ごめんな。」
先生の前での仲直りだった。

微笑みかける前、ワダくんの気持ちが分かってれば・・。
人の心の中までは分からないという事と、タイミングが悪いと思いがけない事に遭遇するということだ。

永遠ではない

おれは地下鉄で通勤しているが、家と地下鉄駅間のルートは行きと帰りで違う。

帰りに通る民家の庭先には大きな桜の木が生えていた。
花咲く時期には近くの街灯がちょうどうまい具合に桜をライトアップするようで、木の下で撮影している人をよく見かけたものだ。
ところが昨年雪降る前にそれは突然切られてしまった。
家を解体するのであろう。
住人も退去したようであった。

それからは帰りにその切り株を見る度悲しい気持ちになった。
いつしか目をそらすようにしてそこを通るようになっていた。

数日前よりその家の解体が始まった。土を掘り起こすのと同時に切り株まで掘り起こし、きれいさっぱり無くなってしまった。

今日の帰り道、おれが昔住んでいた家のすみには大きな白樺の木があった事を思い出したのだ。
その白樺,家の敷地内に生えていたわけではなかったようで、道路舗装工事の際に撤去されてしまう。
親父は「タクシーで帰ったとき、あの白樺の木の所で止めてください。と言えるからよい目印になるんだ。」とよく言っていたものだ。
親父は木が切られる前日、白樺の木に日本酒をかけていたな。
きっと最期のお別れのつもりだったのであろう。
花の命、木の命、命は永遠ではない。
当たり前の事だ。

最近、落ちのない話が多いかもしれない。
それで良いのだ。

投票に行こう

緑ヶ丘小学校,おれが通っていた小学校だ。
今日もつぶの散歩で校舎廻りを一周した。
散歩コースに入っているのだ。
校舎の西側はおれが通っていた当時のままのようだ。
中に入ってみたい。
小中学校の校舎に入れるのは選挙の投票日くらいだが、おれが住んでいる地域は啓明中学での投票に決まっているらしく緑ヶ丘に入ることはない。

小学校の体育館、昔の半円屋根を思い出す。
柔いボールを屋根に投げ、落ちてくるボールを受け取るという単純な遊びをよくやったものだ。
力加減を誤ると屋根の反対側にボールは落ちてしまう。

体育館ではたまに業者が来て体操着(上下白の服からその後ジャージへ)販売が行われていた。
おれはそこで売られていた三本線ジャージが着たかった。
クラスのほとんどがそれを着ていたからだ。
しかし親がどこからか二本線のジャージを買ってきてしまいそれはかなわなかったが。

そして現在。
休日勤務の日は私服でも良いことになっている。
今までは服選びに悩み、結局平日着ているスーツで向かう事が多かった。
悩むほど服を持っているという事ではなく、会社に着ていくような一般的なものがないからだ。
最近は悩む事なくライブで履く細い黒パンを履いて行っている。
開き直っているからだ。
良いことだと思う。

いつまでも気づくことなく

高校の時、現国の授業で短編小説を書く機会があった。
おれが書いたものは円山にある郵便局が強盗に襲撃されるような内容だったと思う。
原稿用紙に書き終えたところで各々の作品が生徒達にランダムに配られ、批評を原稿用紙余白に記入する事になった。

自分では面白いものが書けた。と内心高評価を期待していたのだが、手元に戻ってきた原稿用紙に書かれていた批評は「お前、よくこんなくだらないもの書くな。」という期待とは逆のものだった。
ふとそれを思い出した。

おれに配られた小説にはなんて批評したかは全く記憶にない。
もし今そういう場面に遭遇したら、つまらない小説にはなんて書くだろう?
きっと今なら良いところを探してそれを書くだろう。
それが良いのか悪いのかという事ではなく、おれならそう書くだろうということだ。
はっきり悪いところをズバッと書いたほうがその人の為だ!と考える人も少なくないはずだけれど・・。
これは性格なのかもしれない。

これを音楽にあてはめて考え先程まで何度も推敲したのだが、うまくまとまらない。
書かないほうが良いであろうという結論に至った。
いつまでも気づくことなく。それも良いのかもしれない。という事を書きたかったのだが・・。。

あたりまえのこと

おれはタバコを止めようと思ったことがない。
だから今でも吸っている。
最近はゴールデンバットシガー(270円)を会社で吸い、家ではグローを吸っている。

痩せようとしたことは何回もある。
カミサンと結婚する前、カミサンに「もう少し痩せても良いよ・・。」くらいの事を言われたのだけれど、極端なおれはミドル級(75sくらい)からバンタム級(54sくらい)まで落とした。
極端なのは家系だからしょうがない。
それ以来何回か痩せようと思うたび、落とす事に成功した。
なぜか今は痩せようなんて全く思わなくなった。

あたりまえのことだが、○○できるようになりたい。と思わない限りスタートは出来ない。
何も始まらない。
あたりまえのことを書いてしまった。

話しは変わるが、先程までラインでバンドメンバーとやり取りしていた。
ライブの日程等の話だが、おれがあることを書いたところ会話が突然途絶える。
どうやらおれは会話を中断させる名人のようだ。
しばらくして再び会話再開、一件落着したのでひと安心だ。
メール、ライン等のSNSではついキツい言葉になりがちだから、おれは十分気を付けたほうが良さそうだ。
おれには向いていないと1回やめたFBだが、しばらくやめるつもりはない。
オヤジは開き直ると強くなるのだ。

おれとぼく

最近はふっ切れたのか、もう捨てるものは何もないと悟ったのか、職場でも自分の事は「おれ」と言っている。
上司にも同様だ。
ほんとうは職場では「わたし」を使うべきなのだが・・。
そして上司に「おれ」はもちろんNG。

その昔、両親のどちらに言われたのか記憶にないが「ぼくって言いなさい!」と。
それをずつと引きずっていたのか、中学くらいまでは「おれ」と「ぼく」を半分ずつ使っていたような記憶がある。

中学3年の時、同じクラスにサイノくんという男子がいた。
小柄で賢く、はにかみ屋。
可愛いい顔だったな。
彼はいつも自分の事を「ぼく」と言っていた。
性格が歪んでいるおれは、ある日サイノくんに向かってわざと「ぼく」を多用して会話をしてみた。
サイノくん、さすがにカチンときたのか、いきなり「おれ」って言い出したよ。

おれは90近い母親には最近「ぼく」を常に使い、カミサンとムスメには面と向かって話すときは「わたし」を使う。
おれはなんて面倒くさい男だ!

そういえば女子は自分の名前を「わたし」代わりに使えるけれど、男子は使えない。使っていない。
日本語は便利でもあるが面倒でもある。

間に合わない

テイクオフに参加していたときの事だ。
夕張の屋外で行われたライブ、めずらしくカミサンとワンコ連れでライブ会場に車で向かった。
途中ワンコのトイレで何回か車を停めたものだからライブ開始数分前に到着。
数分前に会場入りはいけない。
今更だがメンバーや主催者の皆さまにお詫びしたい。

演奏後、帰路につく前ライブ会場近くでカレーを食べる。
その後高速に乗ったのだが、カレーの刺激と車の振動で腸の運動が活発になったのだろう。
間もなく大きいほうを催してきた。

残念なことに行けども行けどもトイレのあるパーキングは現れなかった。
30分ほど耐えただろうか、もう運転もままならなくなってきた。
「間に合わない!」
とうとう車を路肩に停め(高速はパーキング以外駐停車禁止)草むらに駆け込んだ。
何十年ぶりの野グソだった。
そんなことがあったものだから、テイクオフを抜けるまでの少しの間「野グソドラマーの五十嵐です。」とMCしていた。

野グソもそうだが、このライブはテイクオフキーボードのヤマザキさんが、テイクオフ卒業宣言をしたライブだったこともあり忘れられないライブだ。

向陵をナメるなよ!

おれの大嫌いな時代、中2の時の事だ。
向陵中学に転校して行く奴がいた。
転校前の恒例の寄せ書き。
おれのところに回ってきた寄せ書き、目に飛び込んできたのは「向陵をナメるなよ!」というコメントだった。
それを書いたのは向陵から啓明に転校してきた奴だった。
そいつはたぶん良かれと思って書いたのであろうが、ナメるなよ!か・・。
もっと良い言葉が見つからなかったのであろうか・・。
まあ中学生だからしょうがないか。

そしてナメるなよ!よりひどいコメントを思い出した。
それは文字ではない。

HBCラジオ、ミスターデーブマンのベストテン北海道。
おれはリクエストの電話をたまにかけていたのだが、いつかけてもつながらなかった。
通算何回目であったのだろうか、ついに電話がつながった。
リクエスト曲をオペレーターに伝えたあとに一言コメントを言う。
そのコメントは放送される。
おれは舞い上がってしまったのか一言「デーブマン死んでください・・。」
それは無いな・・。ひどすぎる。
心が貧しすぎる。
「どうしてそんなこと言うの!」オペレーターに怒られたよ。
ミスターデーブマンさん、その節は大変失礼いたしました。
どうかお許しください。