最近、CMで喝采をよく耳にします。
私は読解力が無いものですから、解らずじまいのままかなと思っていたのですが、先程ネットで調べたところ、以下のような素晴らしい解釈がありました。
そうだったのですか!!
この解釈を書いた方に感謝します。
ここに借用し紹介します。
朝から感動しました(^_^)/
ちあきなおみの喝采については、すべてを捨て、自分の夢のために生きた女性が舞台にあがり喝采をうける。そんなきらびやかな世界に身を置く彼女だが、その反面、彼女には悲しい思いもがあるという、対照的な意味合いで「喝采」とつけられたのでしょう。
いつものように幕が開き、恋の歌を歌を歌う私に、黒い縁取りのある、喪の知らせが届く。
ある男性が亡くなったのだ。
そう、それは3年前、私が町を出て歌の世界に飛び込むという事を止めた男性がいた。
その気持ちを振り切り、愛よりも夢を求め、彼を駅に残したまま電車に飛び乗った。
その知らせを受けて、あの日飛び出した町に帰る。
彼の冥福を祈るために。
ひなびてしまったその町の教会、白い壁につたが鮮やかにからまる。
たくさんの思いが交錯して、祈る言葉すら出てこない。
その町を後にする。
電車を待つ暗い待合室には私が一人。話す人もいない。
ここを飛び出したそのときからの複雑な思いがよみがえり、涙も出てこない。
帰りの待合室で一人電車を待つ私の耳には、自分の歌う恋の歌が流れる。
捨てたこの町に、捨てたことで成功した私の歌が流れる。
彼は亡くなった。そんな今の私の気持ちには正反対の、恋の歌が。
この町、彼、恋を捨てた私が今、恋の歌を歌う立場にいる。
このギャップに言葉が出ない。
日常に戻った私には、何事もなかったかのように、毎日が訪れる。
幕が開き、降り注ぐライトを浴び、恋の歌を歌う。
たくさんの喝采をあびながら。
私の過去、思い出、現実など、何も関係がないかのように、恋の歌を歌う。
私を止めた彼はもういない。彼との恋と過ごしたあの町を捨て、夢を追った私。そして今この舞台には恋の歌を歌う私がいる。
喝采をあびながら。
彼の存在や、懐かしい町のことなど、誰も気にしない。
私にそんな過去があるなんて、誰も気にもしない。
私はライトを浴び、喝采を受け、恋の歌を歌う。
恋を捨てた私が歌う、恋の歌。
喝采を浴びながら。